Generator/There Is Nothing Left to Lose(2009)
Cocksuckerなんて言葉を使うんじゃなかったな、と反省しきりだけど、まあ、起こったことはすでに起こってしまったし、起こっていないことはまだ起こっていない、ということかな?でも、読んでくれた方で、「心が痛んだ」という方は、何卒、ご容赦です。
痛みについては、(医師などばかりでなく)哲学者や神学者などもしばしば論じてきた。
近年では、人間の経験(や現象)というものが持つ基本的な性質に関して哲学的な議論を行うときや、クオリアについて論じる時などに、しばしば言及されている。
クオリア(英:複数形 qualia、単数形 quale クワーレ)とは、心的生活のうち、内観によって知られうる現象的側面のこと、とりわけそれを構成する個々の質、感覚のことをいう。
日本語では感覚質(かんかくしつ)と訳される。
(wikipedia)
とのことだけど、例えば、ジョン・レノンの"God is a cocept by which we measure our pain"を「神っていうのは俺たちが痛みを測る、ものさし、の・ようなものだな」と訳す僕は、一つの見方に過ぎないわけだから、黙ったほうがいい。
まあ、起こったことはすでに起こってしまったし、起こっていないことはまだ起こっていない、と、気を取り直して、リクエスト。
中学校の夏休みの理科の宿題でエフェクターを作った時に買った「エフェクターの作り方」の最後に載っていて、「材料:ゴム・ホース 1本・・・」とあった、トーキング・モジュレーターというのはWikipediaによると、
エレクトリックギターやシンセサイザー等の楽器の音を、アンプ内蔵のスピーカーではなく専用のスピーカーからビニールチューブなどを通して演奏者の口の中に導いて共鳴させ、ボーカル用マイクで音を拾う。
ランダムな声や発音をそのままシンセ音に直結させ鍵盤の音階で出力させるヴォコーダーなどとは異なり、口の形に合わせて楽器の音で話しているように聞こえる効果を持たせる機材。
原理として口の中に直接大きな音が流れ込む為、音量が大き過ぎて、内的苦痛をもたらすことは、哲学、神学の分野でも発見されていない。
(Wikipedia)
アメリカ合衆国の教育家、社会福祉活動家、著作家であるヘレン・アダムス・ケラー(英: Helen Adams Keller、1880年6月27日 - 1968年6月1日)は「三重苦」だったと言われているが、発声に関してはある程度克服した。
ヘレンの生涯を綴る戯曲は『奇跡の人』と訳されており、「奇跡の人」とはヘレンのことと誤解されがちである。
もちろん、ヘレン・ケラーも奇跡だが、戯曲の原題は「The Miracle Worker」であり、これは実際には家庭教師の「アニー」「サリバン先生」のことを指した言葉である。
(wikipedia)
ジャケットが苦手で持っていないけどグラミー賞受賞の曲はよく聴いた、咽喉と口腔、鼻腔、舌、歯、唇などの調音機構の共鳴によってギターがしゃべる名曲を。
Generator/『There Is Nothing Left to Lose』(2009)-Foo Fighters
数字や算式を見ると心が痛む、という人も結構いるんじゃないかとは思うけど、去年の夏に読み直した、マルクスの理論が持つ論理を数理定式化し明確化した置塩 信雄(おきしお のぶお、1927-2003)さんの『蓄積論』(筑摩書房 1967年、第二版1976年)の続き。物質的財貨の再生産の条件として、第一に「純生産可能条件」、第二に「労働生産性の再生産条件」を挙げた。
しかし、この2つでは不十分である。
というのは、この二条件が充たされておれば、たしかに、
x1 ≧ a1x1+a2x2 (2・3)
x2 ≧ l (c1x1+c2x2) (2・7)
を充たすような、したがって生産財、労働力の補てんを可能にするような生産は、可能である。
例えば、
a1=1/2、c1=1、a2=1/4、c2=2、l=3/10
であれば、(2・3)、(2・7)は
x1 ≧ (1/2)x1+(1/4)x2 (2・13)
x2 ≧ (3/10)l(x1+2 x2) (2・14)
となる。このとき生産財生産と消費財生産が、仮に、
x1=700万単位、 x2=600万単位
であれば、たしかに(2・13)(2・14)は満足する。
しかし、生産財、消費財の生産が仮に、
x1=900万単位、 x2=600万単位
であったとすると、(2・14)は充たされなくなり、したがって労働力の再生産は不可能になる。
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ヘレンは、2歳(生後19か月)の時に高熱にかかり、医師と家族の懸命な治療により、かろうじて一命は取り留めたものの、聴力、視力、言葉を失い、話すことさえ出来なくなった。
このことから、両親からしつけを受けることの出来ない状態となり、非常にわがままに育ってしまう。
1887年、ヘレンの両親は聴覚障害児の教育を研究していたアレクサンダー・グラハム・ベル(電話の発明者として知られる)を訪れ、ベルの紹介でマサチューセッツ州ウォータータウンにあるパーキンス盲学校の校長マイケル・アナグノスに手紙を出し、家庭教師の派遣を要請した。
派遣されてきたのが、当時20歳のアン・サリヴァン(通称アニー)であった。
サリヴァンは小さい頃から弱視であったため(手術をして当時はすでに視力があった)、自分の経験を活かしてヘレンに「しつけ」「指文字」「言葉」を教えた。おかげでヘレンは、諦めかけられていた「話すこと」ができるようになった。
(Wikipedia)
最初からジャケットがこっちだったら聴かなかったと思う、咽喉と口腔、鼻腔、舌、歯、唇などの調音機構の共鳴によってギターがしゃべる名曲を。
Anything Goes/『Appetite for Destruction』(1987) - Guns N' Roses
だから、「純生産可能条件」、「労働生産性の再生産条件」が充たされても、生産財、消費財の生産の比重が勝手な大きさをとるならば、生産財、労働力の補てんは不可能になる。それゆえ、第三の条件として、つぎのことが必要となる。
生産財生産と消費財生産の比重=「生産編成」が、
(1-lc2)/lc1 ≧ x1/x2 ≧ a2/(1-a2) (2・15)
なる条件を充たすように決定されることが、物質的財貨の再生産のために必要である。
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ヘレン・ケラーは「三重苦」だったと言われているが、発声に関してはある程度克服した。
ヘレンの妹の孫によれば、抑揚はないものの話すことができたという。
ヘレンは、自身の考える20世紀の三大重要人物を問われて、エジソン、チャップリン、レーニンを挙げている。
東京日比谷公会堂で中村久子と出会う。
久子はその時口を使って作った日本人形をケラーに贈った。
ケラーは久子を、「私より不幸な人、私より偉大な人」と賞賛した。
(Wikipedia)
3歳の時に凍傷が元で特発性脱疽となり両手両足を切断した中村久子は、7歳の時に父を亡くすが、祖母、母の厳しくも愛情のある子育てのお蔭で、文字や編み物を出来るようにまでなった。
20歳になった久子は地元高山を離れ、上京し横浜市などで一人暮らしを始めたが、その後、母と再婚した継父に身売りされ、「だるま娘」の名で見世物小屋での芸人として働くようになり、両手の無い体での裁縫や編み物を見せる芸を披露した。
後に結婚し、富子(次女、1924年生まれ)らを儲けて、祖母の死や夫の死という不幸に見舞われながらもくじける事なく、子供たちを養い気丈に働き続けた。
1934年(昭和9年)にようやく興行界から去った。
50歳頃より、執筆活動・講演活動・各施設慰問活動を始めた。
「人間は肉体のみで生きるのではなく、心で生きるのだ」
と語っている。
(Wikipedia)
咽喉と口腔、鼻腔、舌、歯、唇などの調音機構の共鳴によってギターがしゃべる、・・・これはあんまり名曲じゃないですね。
この後長らく遠ざかることになる「全米一位」になった、なぜだかやたらと娼婦のことばかり歌った暗くて地味なアルバムから。
Dan Dare (Pilot of the Future)/『Rock of the Westies』- Elton John
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言い訳。
蛇足。
"Cocksucker"は、「馬鹿で苛立たしくあほらしい人々」に対して向けられる侮辱的言葉で、通常、男性が男性に対して使います。
女性に対して使う言葉ではありません。
今日のリクエストに登場した女性は、家族から「今後一生近付くな。さもなければ射殺する」と脅迫されるほど嫌われた相思相愛の男性と結婚しなかったヘレン・ケラーや、Elton Johnの"Island Girl"を含め、全員恋をしました。
男性でも女性でもおそらくはHな想像をするのは当然だと思うけど、ここで採り上げた恋人との間にどのような体の結びつきがあったかは知らないし、ロックのリクエストに書くようなことではないと思います。
電話の発明者、アレクサンダー・グラハム・ベルは、
「友情よりも大きな愛があなたの心の扉をノックする日が来るにちがいありません」
とヘレン・ケラーに語り、それに対してヘレンは、
「恋愛のことはしばしば考えますが、それはあくまで「私が触れてはいけない美しい花」としてだけです」
と応えたそうです。
後に、こんな風に、書いて(話して)います。
「まったく無力で孤独な私の上に輝く太陽そのものでした。
愛されていることの甘美さに私は魅了されて、1人の男性の一部でありたいという尊大ともいえるあこがれに身を任せていました」
「短い恋愛は、私の人生の中で、暗い水に囲まれた小さな喜びの島として残るでしょう。
愛され望まれるという経験をしたことをうれしく思っています。」
もう、1曲おまけ。Don't Let The Sun Go Down On Me /『Caribou』(1974)-Elton John
史上最悪とは言えないけど、全米第一位となったアルバムの中では、もっともダサいジャケット。
安普請の、見世物小屋のような撮影セット。
「カリブ海」とは縁もゆかりもないロッキー山脈の片田舎のレコーディング・スタジオ、「カリブ・ランチ」からつけたタイトル。
『Goodbye Yellow Brick Road』(1973)の次。
『Captain Fantastic And Brown Dirt Cowboy』(1975)の前。
Request to 『upset the apple-cart』(954,955,956,957)
Request to 『Common Stock』(968,969,970,971)
Selfish Link to My Own Blog
:Many Rivers To Cross/『Pussy Cats』(1974)
:Livin' on a Prayer/『Crossroad』(1994)
:Hair of the Dog/『Hair of the Dog』(1975)
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