Valotte/『Valotte』(1984)

本当のところはどうか知らないけど、一般に、娘は父親に似て、息子は母親に似るらしい。
身近なところを見渡してみると、確かにそうかな、と思う。
そういうことを娘に言うと、この世の終わりというような絶望的な顔をするので、でも、最終的には娘は母親に似るもんだ、と慰めてあげている。
・・・良く考えると、なんか変だけど、まあ、いいや。
GWに、レコードとCDを整理していたら、ジュリアン・レノンの1枚目と2枚目のレコードが出てきた。
1枚目と2枚目も、ジャケットは、母親似のレノン・ジュニアの写真に、父親の母親と同じ名前が記されてる。
(もう、レコードよりCDの方が数が多くなって、普段もCDを聞くことのほうが多いので、大きなジャケットは、ちょっとリアルすぎる感じですね。)
ついでに、というか、家の中にある自分の持ち物はあとは本だけなので(あ、服も、ストーンズとかのTシャツは自分の持ち物って感じですね。後は制服か作業着って感じだけど・・・)、本棚も整理していたら、一冊だけ持っている現代詩(!)の詩集(!)が出てきた。
自分とイニシャルが一緒の、ちょうどジュリアン・レノンがデビューした頃30歳で死んでしまった女性の詩集。
もちろん、現代詩の詩集なんて、部数が出てるわけでもないし、彼女はたぶん、無名のまま死んでしまったんだろうけど、
84年から85年、僕が高校を卒業して大学に入る頃に書かれた詩集を手に入れたのは、92年に結婚した頃。
その後も、なんとなく、娘が生まれた時や、息子が生まれた時に、引っ張り出して読んでいた。入院してたときも読んでた。
何ヶ月も前だけど、upset the apple-cartで、マスターが、「今、何読んでんだよ?」と聴くので、「ヘッセ読み直してる」と答えたら、「お前の職場じゃ、ヘッセ読んでるような上司だと部下が気味悪がるだろう?」って、言ってたけど、そんなことないよ。
やつらだって、面影ラッキーホールとか聴いてるしさ。
別に仕事しながら読んでるわけじゃないし、君はゴルトムントだね、なんて説教たれるわけじゃないよ。
ただちょっと、説教たれてて、現代詩みたいな言い回しになっちゃって、きょとんとされることは、あるね。
きっと、読んだ詩集に影響受けてるんだろうな。
たった一冊だけ持ってる詩集は、一回りも年上の女性の書いたもので、彼女にとってのテーマは、「女性であること」のような感じだから、男の僕にはぜんぜん分からないけど、
なんかわざと分からないように言う、言い回しとか、
家族とか制度とかへの、感じ方とか、
大事なことをさらっと言って、どうってことないことを大げさに言うとことか、
なんか、シンパシーみたいなのを感じるんだな。
一回りも年上の女性だけど、共通点もあるし、正反対の点もあるんだけどね。
どちらも、イニシャルが、一緒。
僕は、音痴だし、彼女も、音痴だった(らしい。遺作の解説に同人の詩人がそう書いてた)。
どちらも、同じ病気になった。
僕は、生きていて、彼女は死んだ。
僕は、彼女の祖父をよく知っているけど、彼女は彼女の祖父に会ったことがない。
どちらも、高校生のときに「死ぬまで、努力を続ける」という言葉が心に残った(らしい。遺作の解説に同人の詩人がそう書いてた)。
ジュリアン・レノンは、母親似だし、ショーン・レノンも、母親似だ。
年をとって、二人とも、親父に似てきた。
ジュリアンの名前は、親父のジョン・レノンがつけた。
ショーンの名前は、親父の友達のエルトン・ジョンがつけた。
ジュリアンのことを、親父は歌わなかった(アコギは一生懸命弾いているように見える)。
ショーンのことを、親父はいっぱい歌にした。
二人とも、親父のことを歌ってる。
ジュリアン・レノンの「バロッテ」は、とても、いい歌だと、思います。
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