BO GUMBOS/ANGRA/WARABE('80)

画像1週間に1回じゃあ日記(にっき)じゃなくて週報(しゅうほう)だなって思うけど、先週の続きで、MUSIC MAGAZINE 2019年4月号、『特集 50年の邦楽アルバム・ベスト100』で、票を集めた『RHAPSODY』(1980)(第21位)、『シングル・マン』(1976)(第66位)以外のRCサクセションを選んだ人の選評・感想を敬称略で無断転載。

第25位にライブ盤の『the TEARS of a CROWN』(1986)を選んだ石田昌隆さん、第23位にベスト盤の『EPLP』(1981)を選んだ小倉エージさん、第4位に『楽しい夕に』(1972)を選んだ金子厚武さんに続いて、あ、第26位に『PLEASE』(1980)を選んだ近藤康太郎さんは前に写したので「今回の投票に対しての選評、ランキング結果を観た感想、シーンに対する思い」は割愛。

【近藤康太朗】(第1位:『Tokyo Flashback』/v.a.、第10位:『上田知華+KARYOBIN[4]』/上田知華+KARYOBIN、第14位:『Phew』/Phew、第18位:『浅川マキの世界』/浅川マキ、第26位:『PLEASE』/RCサクセション、第34位:『古今東西』/森高千里、第35位:『ひこうき雲』/荒井由実、『4 to 3』/小川美潮)
(略)

画像【志田歩】(第1位:『マラッカ』/PANTA & HAL、第3位:『カルメン・マキ&OZ』/カルメン・マキ&OZ、第7位:『Tokyo Flashback』/v.a.、第10位:『無限の大宇宙』/ヨーコ・オノ、第24位:『FEEL SO BAD』/RCサクセション、第47位:『玉姫様』/戸川純
セレクトにはおそろしく時間を費やした後、あらかじめ自分以外の選者からあげられると予想がつくものは、かなりの程度任せてしまおうと開き直ってみたものの、いざリストを提出する際は、気合を要した。星野裕矢などはぼくしかあげないだろうと腹を括っていた。とはいえ浅川マキオノ・ヨーコカルメン・マキ&OZが、ベスト100の集計にすら入ってこないというのは、意外というよりもびっくりしました。

あ、『COVERS』(1988)を選んだ方は1人もいなかったって言ったけど(書いたけど)、ひとりいた。

また嘘をついた。
ご容赦。

画像【柴邦典】(第1位:『First Love』/宇多田ヒカル、第2位:『ひこうき雲』/荒井由実、第12位:『カバーズ』/RCサクセション、第16位:『EZ DO DANCE』/TRF、第18位:『5TH DIMENSION』/ももいろクローバーZ、第21位:『無罪モラトリアム』/椎名林檎、第40位:『非実力派宣言』/森高千里、第49位:『Message』/MONGOL800
自分としては時代のターニング・ポイントになった作品をできる限り誠実に選んだつもりだし他の選者の方々もそうだと思うのだが、結果を見ると「はっぴいえんど史観」と「アンダーグラウンド・パンク史観」が色濃く反映されたリストになった印象。ジャンルではなく「系」でカテゴライズされるのが日本の音楽消費の文化的特徴で、この100枚が示す「系」と、そこから漏れた「系」の在り処を探るのが興味深い。

僕が選ぶ日本のロック77枚目/96枚(126枚)は、もう少し中学校・高校・大学の学生時代まるまるの80年代を選びたいなっていう気持ちはあるのだけど、1989年のボ・ガンボスのデビュー・アルバム

画像僕はデビュー・ビデオの方が先だったので、ボ・ディドリーの歌やギターは一生懸命聴いたけど、ちょっとライブの方がいいなって思った。
ローザ・ルクセンブルグも魅力を上手くスタジオ録音できなかった印象で、1枚と言われると『Live August』(1987)なんで、嗜好の問題かな?

3枚目のスタジオ録音アルバム(何曲かはライブ)のメンバーが書いたバイオグラフィーを転載。

(略)
'81 京都に行く。Kyonと会う。DOCTORを見る。
初のバンド”NANA”を結成。(ピストルズストーンズのコピーバンド)

'82 ライブハウス拾得に行き玉城ひろしと会う。
ブレイクダウンを見る。

'83 永井利光と出会う。ジョン・ライドンにおんぶした。
DISCO”Caravan Night”でローザルクセンブルグ結成。その後、三原重夫を迎える。
”おでん”結成。(お笑いバンド)・ギタリストをやる。


画像'84 ローザ・ルクセンブルグ 京都で人気者になる。

'85 ヨーロッパツアーをする。初めてアムステルダムに行き、どんと と 永井の のり が変わる。
東京方面にローザ全員移住。どんとは埼玉に住む。

'86 アルバムを2枚発表するが売れない。
東京に引っ越し、(世田谷)山口冨士夫と出会う。
女性に不自由し六本木に繰り出す。(with 永井)

'87 究極のバンドを作るため、どんとと永井が脱退。
”フラワーズ”Kyonをセッションに迎え、大変に盛り上がり、ついにBO GUMBOS誕生。
沖縄に行き喜納昌吉を見る。
大みそかの西部講堂のライブで、いけると思った。
吾妻光良の結婚パーティーに出席。

'88  ボ・ガンボス東京で人気が出る。
山口冨士夫をゲストに迎え最高のライブをする。
(芝浦インクスティック)
ボ・ディドリーが、初来日(with ロン・ウッド)し、ホテルに会いに行く。
ティアドロップスとジョイントコンサート。(西部講堂
石川二三夫と出会う。


画像'89 ”宇宙サウンド”でビデオによるデビュー!!
ニューオリンズでネビルブラザーズやボ・ディドリー達と大セッションを行ない、初のアルバム”BO & GUMBO”発表。
ボ・ディドリーとボ・ガンボスのジョイントツアーをする。
中野サンプラザ 毎月ライブを行なう。
(略)
-どんと


よく「泥んこ道を二人」なんかで使ってるギブソンの225モデル。実は3年前ニューオリンズで買ったもんで、オオッと気に入って買う決め手となったのはこのギターの製造年が1957年やったこと。つまり私が熊本県にて12月23日、肥後もっこすとして生まれた年なわけやね。あ~同じ年のギターかと、他人ではない気持ちがして、出会いですな。
このギターの歴史はわかりまへんが、私の方はといえば、1960年に大阪へ。天王寺界隈にてたっぷり育ったもんで、言葉はもちろん精神面でもすっかり大阪人。しかもディープサウス型であります。
この時ピアノを始めまして、いわゆる来阪クラシックアーティストちゅう奴はほとんどこの目で観てま。あとGSがえらい流行っとったもんで、将来はグループ(バンドではない)結成したい願望が生まれたんもこのころ。
でもって高校の学祭でのコピーバンドを少し経まして、1977年京都へ。
学費が安かったこととは何の関係もなく、8年間大学へ熱心に通いつつ、音楽活動の毎日。(略)ほんでもって卒業後1986年東京へ。
テレビ番組の制作を少しやってボ・ガンボスへ。その後は御存知の通りであります。
(略)
-川乃家恭助 1991年12月25日


画像金曜日のロックバーで久しぶりにロクスケくんと遭って
7月5日、Odde To Muse=Diva Festival
の候補/落とした曲のリクエスト。

ボブ・ディランを歌った、
Make You Feel My Love/Adel

エルトン・ジョンのカバーの、
The Bitch Is Back/Tina Turner
Sacrifice/Sinead O'Connor


1曲だけリストアップされていた、
夏祭りJITTARIN’JINN

大瀧詠一の方はリストにない、
さらばシベリア鉄道太田裕美

気分次第だけど『玉姫様』に入ってる方がすきかな?と思う、
パンク蛹化の女/戸川純&YAPOOS

日記は削除されちゃった、
ぼくたちの失敗/森田童子
画像DIVAって歌姫で、MUSEって女神って印象なんで、どっちで行こうか、まだ迷ってる。

無神論者でも一神教を崇めているわけでもないけど、ジョン・レノン”God Is A Concept By Which We Measure Our Pain"と歌った”God”の女性が女神だと考えると、アレサ・フランクリンでもちょっと投票に躊躇する。

レコードは『アメリカン・グラフィティ』に入ってる”"Ain't That a Shame" /Fats Domino しか持ってないけど、ファッツ・ドミノのベスト盤CDで編曲した曲は沢山聴いた、デイヴ・バーソロミューが100歳で亡くなったとか。

ドクター・ジョンの追悼も兼ねて、ちょっとセカンドラインっぽくはない曲だけど、77枚目/96枚(126枚)からのリクエストは、

魚ごっこ/『BO & Gumbo』(1989)-BO GUMBOS(ボ・ガンボス)

リストになかったので、7月5日、Odde To Muse=Diva Festivalでは投票できないけど、筋肉少女帯もパクった、のぞみ・かなえ・たまえの、

めだかの兄妹(1982)/わらべ 編曲:坂本龍一

画像大学の1回生の時には、高校までやっていた英語の授業があった。
単位が必修だったと思うけど、映画の話で授業が面白いっていう評判だった、教授とか助教授とかではない若い講師が受け持った『英語』は、英語のペイパー・バックが教材だった。

ジャン=ジャック・ベネックス監督の1981年のフランス映画、『DIVA』の脚本?を英語の小説にしたやつ。
しばらくして誰かが日本語のも見つけてきて、試験前にみんなで回し読みしたけど、僕は当時はまだ1回借りると800円くらいした、字幕の映画もレンタルで借りて観た。
さえない成績だった試験が終わった後だけど。

郵便配達員が、アルバム録音を出さないことで知られるアメリカのソプラノ歌手の大ファンで、パリ公演にやってきた彼女の特別オペラ・アリア・コンサートを音声を隠し録する・・・と説明しかけたら、観てみるんでネタバレなしで!とロクスケくん。

バーソロミューっていう名前は、高校生の時は、喜望峰(アフリカーンス語: Kaap die Goeie Hoop、英語: Cape of Good Hope、ポルトガル語: Cabo da Boa Esperança、オランダ語: Kaap de Goede Hoop)を発見したバーソロミュー・ディアスしか知らなかったのだけど、デイヴ・バーソロミューが100歳でなくったことより、47歳で亡くなったアンドレ・マトスの方を追悼(tribute)したい気持ちが強いな。

リクエストは、バンド名は火の女神って意味かな?

Carry On/『Angels Cry』(1993)-ANGRA

画像ボ・ガンボスは1枚だけっていうわけに行かないので、78枚目/96枚(126枚)、3枚目のライブ録音も何曲か入ったスタジオ盤から、デビュー・ビデオに入っていた、

ポケットの中/『ULTRAVELIN' ELEPHANT GUMBO』(1992)-BO GUMBOS(ボ・ガンボス)

もう1曲、希望(のぞみ)・叶え(かなえ)・給え(たまえ)の、

もしも明日が・・・。(1983)/わらべ 編曲:佐藤準

希望叶え給えって、聖書とか仏典とかにそんなこと書いてるのかな?

書いてなさそうだけどな。

でも、童(わらべ)の希望(のぞみ)はどうか叶うように・・・。

upset the apple-cart(2007- )へのリクエスト(3279,3280,3281,3282,3283)
コモン・ストック(1991-1999)へのリクエスト(3293,3294,3295,3296,3297)

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