『The Union』/Elton John&Leon Russell/2010
104枚目/108枚はロックでよく使う西暦の10年を区切りとした2010年代の始まり、2010年の発売。発売になった年に買ったのは21枚目/33歳っていう意味の『21 at 33』(1980)からで、僕は1966年の生まれなんで14歳/中学二年生。
少し飛ばしたり、もちろん70年代のは後になってから遡ったんだけど、カタログ上は48枚目のエルトン・ジョン。
48枚目と言っても、このアルバムはElton John/Leon Russellだし、ライブ盤や、映画のサントラや、29枚目/108枚のようなベスト盤や、デュエット集も数に入れているのだけど。
ロックバーの今度のイベントは、
After Party Is Over Of Fav4
10月5日金曜日
候補が多くて、ちょっとテーマがないと絞りにくいんだけど、何がいいかな?
エルトン・ジョンが参加しているのだと、ライブ盤から、"Whatever Gets You Through The Night"
"Lucy In The Sky With Diamond"
"I Saw Her Standing There"
も選びたいのだけど、
”Whatever Gets You Through The Night”はよくリクエストされるし、あとの2曲はビートルズだ。
もう1曲のエルトン・ジョンとの共演の、”Drive My Car”のフレーズなんかも出て来る、
Suprise, Suprise(Sweet Bird Of Paradox)/『Walls And Bridges』)(1974)-John Lennon with Elton John
は、候補だな。
リンゴの出身地リバプールで使われる俗語かな?をタイトルにした、
Snookeroo/『Goodnight Vienna』(1974)-Ringo Starr
もいいな。
スヌーカー:snookerっていうのは、イギリスで人気のビリヤードで、スヌーカルー:snookerooっていうのは運無し、ツキ無しって感じらしい。
詞はバーニー・トウピン、曲はエルトン・ジョン。
22枚目のTレックスのアルバムジャケットの写真はリンゴが撮ったそうだけど、DVDが出てるリンゴ・スター監督の映画『Born To Boogie』(1972)のスタジオライブは、ピアノがエルトン・ジョンで、ドラムスがリンゴ。本当にかっこいいけど、・・・・これは対象外か。
ジョージだったら、『Cloud Nine』(1987)の3曲、"Cloud 9"、"Devil's Radio"、"Wreck of the Hesperus"でエルトン・ジョンがピアノを弾いているけど、ジョージといえば、レオン・ラッセルかな?
バングラディシュ・コンサートはリストにあったかな?
Beware Of Darkness/『The Concert for Bangla Desh』(1971)-George Harrison with Leon Russell
レオン・ラッセルは3枚目の『The Beach Boys Today!』 (1965)で何曲か、11枚目の『Let It Bleed』(1969)で1曲に参加していて、
14枚目の『Layla and Other Assorted Love Songs』(1970)や83枚目の『All Things Must Pass』(1970/2001)には参加してそうで参加してないんだけど、
45枚目の『John Lennon Collection』(1982)には入ってるかな?
僕が持っている『Rock'n Roll』(1974)はクレジットが何もない廉価盤のレコードとリマスターのCDなんだけど、曲ごとの演奏者は分からないんだけど、ビデオで長い髪の後ろ姿がちらっと映る、
Stand By Me/『Rock'n Roll』(1974)-John Lennon
カバーと元歌は、レオン・ラッセルで。53枚目/108枚のベスト盤にも収録されたビリー・ジョエルの"New York State of Mind" は、レオン・ラッセルの”A Song For You”のカバーかっていうほどよく似てると思うんだけど、その"New York State of Mind"のカバー。
2014年のカバー・アルバムから、テネシー州ナッシュビル出身者から見たニューヨーク(発音はヌーヨークって感じ)のイメージかな?ニューヨーク州ニューヨーク市サウス・ブロンクス出身のビリー・ジョエルの元歌にはない騒がしいジャズから始まる、
New York State of Mind/『Life Journey』(2014)-Leon Russell
104枚目/108枚には、3枚目のビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンや、19枚目のニール・ヤング、26枚目の大勢のうちの一人、ブッカー・TとMG’sのBooker T. Jones なんかも参加していて(演らなかったようだけど、リンゴ・スターもスタジオを訪れている)、エルトン・ジョンとレオン・ラッセルが交互にリードをとったり、デュエットしたり、どちらかがコーラスをつけたり、完全にソロの曲もある。
104枚目からのリクエストは、交互にリードを取った、
Never Too Old (To Hold Somebody)/『The Union』(2010)-Elton John with Leon Russell
アイアン・メイデンの”Aces High”の演説の抜粋は、最後の一文は文章の途中で切れていて、目的語、「○○に屈しない」の「○○」にあたる部分がないのだけど、取りあえず句読点をつけて「我々は、けっして降伏しない。」と訳しているけど、順番が回って来た時になんて訳すのがいいのか、まだ決めかねている。このブログは嘘を書かないという制約、いや、努力目標があるので、前後の部分も全部訳すと言った、チャーチルの演説の続き。
下手くそな訳だけど、出来る限り、嘘がないように。
長いので、何回かに分けて。
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それは一週間前の見通しだった。
しかし、最終的には分かったかも知れなかった、もう一つの攻撃をまだ我々は受けていなかった。
ベルギー王は援助を求めてきた。
ルール占領地区とその政府は、第一次世界大戦で失われた彼らの国を救ってくれた連合国から、完全に独立したわけではなかった。
そして、絶対的な中立が証明された安全な避難所を探していたわけでもなかった。
フランス軍とイギリス軍は、当初、ベルギーだけでなく、おそらくポーランドも救ってきた。しかし最後の瞬間、ベルギーが既に侵略され、ベルギーのレオポルド王が援助を求めてきた、その最後の瞬間に我々は来たのだ。
ベルギー王とその勇敢で能力が高い軍隊、約50万人が、海への唯一の退却路を確保してくれていた。
突然、彼は、事前の協議なしに、閣僚の助言によらず、彼自身の個人的な判断で、ドイツ軍司令部に全権委任者を派遣し、軍隊を降伏させ、我々のわき腹と、退却の意味とを晒すことになった。
事実ははっきりとしないので、私は一週間前に下院に審判を中止するよう頼んだが、この哀しい出来事について、私たちの意見をまとめてはならない理由は何もないと思う。
ベルギー陸軍の降伏は、海上から30マイル以上の最短距離の連絡通路を通って、イギリス軍に届いた。
そうでなければ、全てが分断されてしまい、レオポルド王が自分の国が形成した最高級の軍隊を非難した運命を、共にすることになっていただろう。
なので、これを実行し、わき腹を晒すことで、地図を見れば誰もが分かるように、イギリス軍と、我々よりまだ海岸から離れていたフランス軍3隊のうち2隊との間の連絡、交流がなくなり、連合軍が海岸に到達することは不可能と思われた。敵はあらゆる面で大きな力と激しさで攻撃してきた。
そして、敵の主力、非常に強力な空軍が投入され、それはまたダンケルク、海岸線に集中していた。
敵は、東からも西からも、狭い海への出口を圧迫し、我々が唯一船が近づいたり離れたりできる海岸線に、大砲を撃ち込んできた。
敵は、水路や海に磁気機雷をまいた。
飛行機の波状攻撃をかけてきて、それは時には一攻撃で百機以上の強力なものだった。
残っている唯一の桟橋や、兵士たちの避難所を目前にした砂丘に、爆弾を投げ込んだ。
敵の、一艘は沈没したUボート、発動機艇は、余りに数が多く交通渋滞に陥った。
4、5日の間、激しい闘争が続いた。敵の装甲部隊は、大勢の歩兵、砲兵の軍隊と共に、イギリス軍とフランス軍の強固な共同戦線のわずかな隙間を狙って、戦力を無駄にねじ込んできた。
(ウィンストン・チャーチル。1940年6月4日。下院演説)
続きは105枚目のリクエストで。
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アレサ・フランクリンが亡くなってから、北海道の地震や、その前の大雨や台風、もう4か月前になる大阪の地震の後片付けなんかもあって落ちつかなかったのだけど、初めてアルバムを通して2枚聴いた。
僕が持ってる、『I Never Loved a Man the Way I Love You』(1967)と『Young, Gifted and Black』(1972)。
twitterでご本人が
アレサにしても、ザ・バンドにしてもそうなんだけれど、何十年も前の語り尽くされたかのような音楽についても、プログレッヴな原稿を書きたい。他の本に書いてあるようなことは繰り返すだけなら、書く意味はない。今でこそ気づくことがあるはず、と僕は思っている。それがこの原稿では書けたかな。
とつぶやいていた、高橋健太郎さんの記事を読みたくて、『MUSIC MAGAZINE』を買ってきた。
政治や政治運動とのかかわりを女性らしい視線で追った、「アメリカ中に長く、深く愛され、人びとを鼓舞した歌」~曲が発するメッセージとセットで”アイコン”になったアリサ
(池城美菜子)
や
シナリオはロック・ファンのシカゴ出身のジョン・ベルーシでなくカナダ出身のダン・エイクロイドだっていう、
「『ブルース・ブラザーズ』のアレサ・フランクリン」~ミュージカル・コメディの名作で見せたR&Bの女王としての会心のパフォーマンス
(長谷川町蔵)
や
ロックバーのマスターのご近所(?)のギター奏者の、
「ヒストリー➀ 生い立ち、コロンビアでのデビュー(1942~1966)」~天才ゴスペル少女が世俗音楽の世界へ
「ヒストリー② アトランティック時代(1966~1979)」~ジェリー・ウェクスラーとのタッグで「クイーン・オブ・ソウル」の名を欲しいままに
「ヒストリー③ アリスタ時代から晩年まで(1980~2018)」~第一線に復帰、20年ぶりにポップ・チャート1位に
(小出斉)
も、
しっかりとした文章で面白かったけど、
「アレサ・フランクリンのサウダージ」~”クイーン・オブ・ソウル”というパブリックイメージの奥にあるもの(高橋健太郎)
が出色(しゅっしょく)で、カバーしなかったボブ・ディランとか続きもありそうで、とても面白かった。
僕はサウダージ(ポルトガル語で「郷愁、憧憬、思慕、切なさ」。ボサノヴァの音楽性そのものを言うこともある)って言葉を知らなかったのだけど、全曲ピアノ演奏が目立つアルバムから、エルトン・ジョンとレオン・ラッセルの元歌の一つってことで、
Day Dreaming/『Young, Gifted and Black』(1972)-Aretha Franklin
After Party Is Over Of Fav4
10月5日金曜日
の候補4曲とあわせて、7曲リクエスト。
upset the apple-cart(2007- )へのリクエスト(3057,3058,3059,3060,3061,3062,3063)
コモン・ストック(1991-1999)へのリクエスト(3071,3072,3073,3074,3075,3076,3077)
この記事へのコメント
本当にいい曲です。ありがとう。
久しぶりのロックバーで、アレサ・フランクリンも何曲かリクエストしたのですが、"Day Dreaming"は残念ながら時間切れ。
『別れた男を「穏やかな存在」として想い出す歌」(高橋健太郎。MUSIC MAGAZINE 2018年9月)ということで、フリートウッド・マックの”Songbird”、アデルの”Make You Feel My Love”の流れでリクエストしました。
昨晩は、天気のせいかもしれませんが、UFOは発見できませんでした。
コメントありがとうございます。