The Police(1978-1983)/Human Nature/Time After Time

画像二つ年下のロックバーのお客さん、M原くんの初体験が1982年の
Town Called Malice/『The Gift』(1982)-The Jam
で、二つ年上の僕の初体験が同じ1982年の45枚目/108枚に入っている、
(Just Like)Starting Over/『John Lennon Collection』(1982)-John Lennon
であると、少々焦るのだけど、”(Just Like)Starting Over”は1980年、中学二年生ということで、何とか面目を保てたと思う。

一つ年上のロックバーのお客さん、Ga-Wa-さんは初めて買った洋楽のレコードが、僕が中学一年生の時に初めて買った洋楽のレコードと一緒の29枚目/108枚のエルトン・ジョンのベスト盤だそうで、僕は歌詞がよく分からなかったので初体験とはしなかったのだけど、Ga-Wa-さんは当日のリクエストで、
Honky Cat/『The Greatest Hits』(1974)-Elton John
を選んだ。
同じ歳の頃じゃないかと思う。

画像同い年のロックバーのお客さん、Okeraさんの初体験は、ポリスの1978年のデビュー・アルバムに入ってる、
Next to You/『Outlandos D'Amour』(1978)-The Police

全国的に小学校に入学する歳、中学校に入学する歳は、同じだったと思うから、小学校の六年生

僕らが晩生(おくて)だったか、Okeraさんが早熟(そうじゅく)だったのかも知れないけど、こういうことかな?とも思う。

1980年2月、中学一年生の冬と、1981年1月~2月、中学二年生の冬にポリスが来日して、特集やライブのFM放送もあってエアチェックした。
テープは失くしちゃったけど最初の来日では”Next To You”がオープニングだったと思う。
音楽評論家・作詞家の湯川れい子さんが作詞した「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ」の日本語バージョンもヒットしていた2回目の方は、テレビでもやったと思う。

テレビも見て、いわゆるニュー・ウェーブっていう感じだったけど、ギターもベースもドラムスも凄いなあって思って、やった曲ではデビュー・アルバムに入っているっていう”So Lonely”、2枚目の”Message In A Bottle”が印象に残った。

画像僕の場合は、高校生になってから、山川健一さんの「瓶の中のメッセージ」って小説を読んだってこともあって、ロックバーのパンク・イベント、Here We Go: Punk Eraの3曲目は、

Message in a Bottle/『Reggatta de Blanc』(1979)-The Police
※『白いレガッタ』というアルバムの邦題はよく分からないけど、『白い牡鹿』と『白人のレゲエ』をかけたのかな?

僕は中学二年生の時は、小学校六年生の時に発売になったデビュー・アルバムは聴かなかったけど、聴いてたら1曲目の”Next To You”も候補だったかも知れないな。

いや、晩生(おくて)で、初心(うぶ)だったから、”Roxanne”の歌詞の意味も分からなかったかな?

50枚目/108枚は、49枚目/108枚は間違えて1984年/高校三年生を1983年/高校二年生にしちゃったんだけど、1980年/中学二年生の3年後、1983年/高校二年生で間違いないと思う。

リクエストは、歌詞の誤解が多いことでも有名な”Every Breath You Take”

画像レコードやCDに載っている解説」や「歌詞」は、輸入盤で歌詞が付いていたんだけど、ストーカーっぽく訳すのは嫌なんで、
高校の時に同級生のMが買って、輸入盤で歌詞が付いてなかった”Roxanne”を。

フランスの娼婦のことを歌って、「自殺者が増える」という理由でBBCでは放送されなかったといわれる曲。

下手くそな日本語訳。五七五 七七って感じで。

ロクサーヌ 赤い光に 照らされる そんなことやる 必要ないよ
そんな時代 終わったんだよ 今はもう 夜に体を 売らなくていい

ロクサーヌ 今夜はそんな ドレス着る そんな服着る 必要ないよ
金のため 通りを歩く 気にせずに 悪いことだか 正しいことだか

ロクサーヌ 赤い光に 照らされる そんなことやる 必要ないよ


画像君が好き 君に出会って からずっと 君を見下す 言い方嫌だ
話さなきゃ 僕が感じる そのままを 他の男と 一緒は嫌だ 

僕は知る 僕の心が 決まったと だから化粧を 落としておくれよ
一度だけ 言うよ二度は 言わないよ それは悪いよ 悪いことだよ

ロクサーヌ 赤い光に 照らされる そんなことやる 必要ないよ
ロクサーヌ 赤い光に 照らされる そんなことやる 必要ないよ


雑誌のステュワート・コープランドのインタビューも少し。

「クラーク・ケントのレコーディングをしたのは、スティングがいくつかの曲を自分のタイプではないからという理由でヴォーカルを担当するのを拒否したからなんだ。
彼はディープな性格だからね。
でも僕はその曲が気に入っていたから、自分で歌うことにした。
クラーク・ケントという名義にしたのは、正体が秘密だったからさ。
実は、当時ポリスのことを理解していたのは、ポリスが偽パンク・バンドだと決めつけたジャーナリストだけだったかもしれない。
まあ、それは本当のことだったからね。
確かに僕たちは偽パンク・バンドだった」

(ステュワート・コープランド。『ストレンジ・デイズ』2003年5月号。取材:池田聡子+名取由恵)

画像「イギリスでレゲエが流行るようになったきっかけは、パンク・クラブだったんだよ。
(略)
最初にトライしたバンドはクラッシュだったね。
彼らが最初にレコードに取り入れた曲は、なんと<ポリスとコソ泥>という曲だったんだ。
そして、その曲のタイトルどおりに、ぼくらのバンド”ポリス”がそのアイディアを”コソ泥”したわけだよ(笑)
ただ、プレイもレゲエに対する理解も、ぼくらのほうが上だったんじゃないかな。
クラッシュは最高のバンドだったけど、当時の彼らは、まだレゲエを100%理解できてはいなかったと思うんだ」

「当時は、パンク・バンドには聴いてはいけない音楽があるという暗黙のルールがあった。
ぼくはひそかにウォークマンでフリートウッド・マックを聴いていたけど、当時はフリートウッド・マックは時代遅れのものとされていたから、大っぴらには好きだと言えなかった
でも彼らの『噂』はすごくいいレコードだったから、ひそかに聴いていたんだ。
実はポリスとフリートウッド・マックが同時期に日本に来ていたことがあってね。
ぼくらが日本に着いたその日に彼らがショウをやるというので、ロンドンのジャーナリストに知られなければいいなと思いながら、コンサートを見に行ったんだ。
(略)
疲れていたぼくらは楽屋に行って、そこで眠ってしまったんだ(笑)
やっとショウを終えたフリートウッド・マックが楽屋に戻ってきたら、ポリスのメンバーがソファの上でぐっすりと眠っていたわけだよ。
慌てて起きたぼくらが彼らに最初に言った言葉は、”素晴らしいショウでした!最高!”だった(笑)」

(ステュワート・コープランド。『レコード・コレクターズ』2007年8月号。聞き手:立川芳雄、通訳:河原希早子)

画像ポリスのカバーと元歌は思いつかないので、「くだらないパンク・バンドをやってると非難された元カーブド・エアのドラマー」のスチュワート・コープランドのソロ・プロジェクトから、

Away from Home/『Klark Kent』(1980)-Klark Kent

アンディ・サマーズが在籍時の唯一のアニマルズのアルバム(出来も売り上げもよくなく解散することになる)から、アイク&ターナーのカバー、

River Deep, Mountain High/『Love Is』(1968)-The Animals

・・・うーん、悪くはないんだけど、やっぱり最高!ってわけでもないし、ロックバーにもリストアップされていないと思うので、差し替えで大好きな曲のカバーを。

親父が買った、スティングが「語り」で参加したアルバムから。

47枚目/108枚のマイケル・ジャクソンのカバー、

Human Nature/『You're Under Arrest』(1985)Miles Davis

48枚目/108枚のシンディ・ローパーのカバー、

Time After Time/『You're Under Arrest』(1985)Miles Davis

ポリスとマイケル・ジャクソンシンディ・ローパー

3曲、リクエスト。

upset the apple-cart(2007- )へのリクエスト(2801,2802,2803)
コモン・ストック(1991-1999)へのリクエスト(2815,2816,2817)

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