Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols'77
35枚目/108枚は、9枚目/108枚、25枚目/108枚にも少し携(たずさ)わった、29枚目/108枚のエルトン・ジョンのロイヤル・アカデミーでの同級生で一緒にバンドをやったりもしていたという、クリス・トーマスのプロデュース。1977年、僕は11才の時の発売だけど、僕らが聴いたのは、16、17、18才の高校生。
僕と、同じ高校大学の同級生のYが買ったのは黄色いやつ。同じ小学校中学校の同級生のMと、同じ中学校高校の同級生のTはピンクのやつ。
今、僕の家には黄色とピンクが1枚ずつある。どちらも歌詞カードも解説もない、廉価版の輸入盤。
1982、83、84年のことだから、今は変わっているかもしれないけど、高校の芸術の授業は美術、音楽、書道の3教科から、一つを選ぶようになっていて、音痴で字が下手で絵を描くのが好きだった僕は、別に術(じゅつ)を学ぼうって訳ではないんだけど、美術。
音痴で絵が下手なTは、別に道(みち)を極めようっていうんじゃないと思うけど、書道。
YはTと同じクラスだったから、多分書道(一年生の時のクラスは芸術科目の選択が元になっていたようだ)で、別の高校に行ったので知らないけどMは、きっと音楽だと思う。
美術を選択した生徒には入学前に油絵(あぶらえ)の絵具(えのぐ)や油、パレットの斡旋(あっせん)があった。公立高校なんで、もちろん強制ではなかったけど、親が買ってくれた。
両親も少し絵を描いたので絵具がこびりついたパレットや固まってしまった絵具は家にあったのだけど、新品を買ってくれた。
油絵は、いかにも芸大を出たって風の教師が教えてくれたのだけど、絵具を混ぜない。色は重ねて塗ることで作るっていうのが、面白かった。
絵具を混ぜて色を作る水彩画でも、いろんな色を混ぜ合わせると段々黒になっていくってことは知っていたけど、絵具の厚さで色を作っていくっていうのは楽しかった。
パンクというと黒っていうイメージもあるんだけど、僕らがレコードで聴いたり、カラーテレビで見たラモーンズとかクラッシュとかピストルズとかは、カラフルだった。
レコード盤は黒だったし、書道で使う墨は黒だし、オーディオは黒を基調としたものが多かったけど、ジョン・ライドンなら「多様性」とか「自分らしく」とか言ったかな?
融和とか、混ざり合うっていうのではなくて、それぞれがそれぞれでないと本当には一緒になれない、分かり合えないっていうか・・
リクエストは、「この曲はあっと言う間にできた曲だよ。
俺は部屋に入って、ギターをかき鳴らし、ジョンが狂ったように歌って、それだけだ…簡単だろ。」
(スティーヴ・ジョーンズ。KISS THISライナーより)
っていう、”No Feelings” 。
『勝手にしやがれ』っていうアルバムの邦題は知っていたけど、「分かってたまるか」っていう邦題は知らなかった曲。
「何も感じない」とか「別に感想はない」とか、そういう感じの歌だと思っていた。
こんな歌詞。
出来る限りの直訳。
五七五だか、七五調だかで。
ダブル・ミーニングかな?っていうのは両方の訳を。
僕は見た 鏡で君を 物語 始まった時 僕は君見たそして僕 君と恋に 落ちたんだ 僕は君の死 死の罪愛する
君の脳 閉じ込められて でも僕は 君の仲間を 愛しているよ
知恵袋 閉じ込められて でも僕は 君の会社を 愛しているよ
文無しに なったら君を 捨てていく 僕は誰にも 感情ないから
君は知る 僕は結局 自分だけ 自分のことだけ 愛しているって
無感情 誰に向けても 無感情 何も感じず 感想もない
(以下略)
******
捨てちゃってたので、図書館でコピーしてきた雑誌の記事を。
「俺はマルコム・マクラレンの店の常連だった。あそこでバイトをしていたクリッシー(ハインド)に誘われてハンドレッド・クラブにピストルズを見に行ったんだ。
客は10人もいなかったよ。
スティーヴ・ジョーンズなんか最後には弦が一本しか残っていなかったけど、サウンドはグレイトだった。ジョン・ライドンも素晴らしくカリスマティックだったし。俺にとっては単に良いロックバンドだった。
(略)
ギグが終わってクリッシーが俺をバンドに紹介した。
当時俺はブライアン・フェリーのアルバム『レッツ・スティック・トゥゲザー』(76年)とそれに続くツアーでギターを弾いていたのでみんな俺を知っていた。
奴らブライアンのファンだから」
「さっき言ったように、ピストルズをパンク云々じゃなくて単純に良いロック・バンドだと認識したんだけど、各マスコミの彼らへの非音楽的な態度に怒りを覚えたんだ。
(略)
”あんな連中と係わるとあなたのキャリアに泥を塗ることになるわ”
なんて言う。それで
”奴らのギグを観たのか?”
と尋ねると、観ていないと言う。他のどのジャーナリストに聞いても、本当にピストルズの演奏を聴いた人間はいないんだ。
(略)
それで俺がマルコムに
”デモ・テープを作ってやる”
って申し出たワケさ。3曲録音してそれをプロデューサーのクリス・トーマスに渡した。俺はプレイしなかったけど、役に立てたようだな(笑)」
「パンクスがなぜあんなにいらだっていたのか俺には判らない。
10歳も年齢差があったからね。
でも音楽的には理解できるさ。上手い下手の差はあっても。
ただ、俺はパンクスが忌み嫌うヒッピーの代表みたいなロイ・ハーパーやベイ・シティ・ローラーズなんかと仕事をしてきたのに誰もが俺に敬意を払っていたよ(笑)」
(2007年2月10日。クリス・スペディング。)
<『レコード・コレクターズ』2007年6月号。Portrait In British Rock(ブリティッシュロックの肖像) From London.
クリス・スペディング(下)。写真・文=富岡 秀次)>
カバーと元歌は、ただ一枚のオリジナル・アルバムには入ってないけど、ピストルズがカバーしていた有名なのを3曲。(I'm Not Your)Steppin' Stone/『More Of The Monkees』(1966)-The Monkees
Whatcha Gonna Do About It/『Small Faces』(1966)-Small Faces
Substitute/『Live At Leeds』(1970)-The Who
もう何曲か。
12月8日は、用事があって”Strawberry Fields Forever”の途中から、”Happy Xmas (War Is Over)”の途中までの間だけ、ロックバーに。
普段のリクエストでは入らない曲もかかった。
イベントはアルバムの発売順だったのだけど、作曲順、録音順という事では、”Strawberry Fields”の次は『Sgt.Pepper's』の曲(”A Day In The Life”はかかったのかな?)。
『Magical Mystery』の曲の次に”Hey Bulldog”、”Across The Universe”だから、『ホワイトアルバム』と一緒にかかったら面白いなっていう(デモ録音はこの時期)、
Look At Me/『Plastic Ono Band』(1970)-John Lennon
(「ジュリア」と比べると、あ、フィル・スペクターのプロデュースだと気付く)
作曲、録音順だと、『ホワイトアルバム』の次は『Let It Be』で、続いて”The Ballad Of John And Yoko”、”Give Peace A Chance”。
『Abbey Road』の後に、”Cold Turkey”、”Instant Karma”で、その後、『Plastic Ono Band』を録音、発表。
『Imagine』を録音、発表した後に、『Sometime In New York City』の1曲目のような感じで”Happy Xmas (War Is Over)”なのだけど、これまでリクエストしていなかった、
Cold Turkey(1969)-Plastic Ono Band
(「ヤー・ブルース」と一緒に聴くと、あ、クラプトンだと思う)
カバーと元歌でもないし、パンクでもないって?
分かってたまるか!
upset the apple-cart(2007- )へのリクエスト(2735,2736,2737,2738,2739,2740)
コモン・ストック(1991-1999)へのリクエスト(2749,2750,2751,2752,2753,2754)
この記事へのコメント