Remember/How?/The Luck Of Irish/One Day At A Time/

画像2013年11月18日月曜日のポール・マッカートニーのコンサートに行ってきた。

2013年11月22日に、もう一つのポール・マッカートニーのコンサートのセットリストを想像してみた。

2013年11月24日に、もしもポール・マッカートニーがビートルズのジョン・レノンが歌った曲やジョンのソロになってからの曲を演ったら?と想像してみた。

11月24日は、クイーンのヴォーカリスト、フレディ・マーキュリー(1946年9月5日 - 1991年11月24日)の命日だったらしくて、これまでも何回かリクエストしているQueenをリクエストしたくなった。

再開していた経済学についてもポール・マッカートニーのコンサートでお休みしていたので、また本を写したいと思った。

嘘を書かないコマーシャリズムを排除する評価・評論をしない、という手前勝手な3つの制約についても、もう何年もたって、風化したり、意味が変わってしまったりしたこともあるので、もう一度書いておきたいとも思った。

ポール・マッカートニーのコンサートから1週間たったので、最後に、ジョン・レノンについて。

大学を卒業してから読んだ、事実の羅列ばかりで、嘘がなくて、評価評論が少ししかない、ほとんど売れなかった、つまり、あんまり面白くない、

『The Art & Music of John Lennon』, John Robertson, 1990, Omnibus Press

を参考にします。

今日のリクエストは、制約違反をして、ちとうだうだと評価・評論っぽいことを。

Remember/『Plastic Ono Band』(1970)

画像僕が一番好きなロック・ミュージシャンはジョン・レノンなんだけど、その理由の一つは、インタビューとか、発言を含めて、理性的であるということだ。

ジョン・レノンといえば、正直で、誠実な発言をする人というイメージもあるけど、たくさん嘘をついている。
有名な嘘は、ショーンが生まれて主夫をやっていた5年間というものギターには指一本触れなった、というものだけど、これは、インタビュアーの誇張があったとはいえ、嘘だ。

但し、これは、騙(だま)そうという悪意とか、人を見下したインチキというよりは、1980年の復帰劇自体を、「芸術作品」として捉えた時には、気の利いた、センスのいい演出、と見るべきだと思う。
僕は、そのように、思っている。

芸術を芸術足らしめるのは、理性だと、僕は思っている。

ソロ1作目で、抑圧されていた感情を解放した、と言われるし、確かにヨーコ・オノの影響で、感情をストレートに作品に表わしたとも言われるけど、僕は、ジョン・レノンはそうではないと思う。

憎悪や愛情や苦痛や欲望の感情は、制御すべきとかなんだとかにほとんど無縁に、誰もがありのまま感じることである。
嫌なものは嫌だし、好きなものは好きであって、その感情自体は制御したり、抑圧すべきものではない。
問題は、感情をどのように表現するか、あるいは表現しないかにかかっている。
嫌だという感情を、人を殴ったり、人や物をつぶすという行為で表現するか、なにか美しいメロディーや激しいリズムや言葉を乗せた楽曲にして、それを唄い、演奏するか、という理性にかかっている。

僕は、ジョン・レノンが自らの感情に正直だったとは思わない。
時には過剰な演出もして、嘘もついて、自らの感情を芸術作品に変える理性がある人だったと思っている。

リクエストは、

How?/『Imagine』(1972)

画像愛と平和のメッセンジャーとしてのジョンとヨーコの神話は、もちろん本人たちが作り上げたものでもあるけれど、ファンやジャーナリストたちが作り上げたものでもある。

これについては、みんな同罪だと思うけど、政治についてのジョンとヨーコの表現は、いささかセンスがなくて、実践的ではないと思う。

『Sometime In New York』で、はっきりと音楽的なレベルが落ちてしまったことを、職業音楽家としてジョン・レノンは悔やんでいたけれど、ファンにとっても、その後の「失われた週末」よりも音楽的な損失は大きい。

それも、ジョンの魅力の一つではあるし、人生のある時期、特に10代とか20代の若いころに社会主義、あるいは共産主義に共感しなかった人間を、僕は一切信用しないんだけど、その後に全体主義や権威主義に傾く人のことは、心底軽蔑している。

ジョン・レノンがもしも長生きしていても、決してそうはならなかったと思う。
根拠を示せと言われれば、レコードを聴け、としか言えないわけだけど。

リクエストは、

The Luck Of Irish/『Some Time In New York City』(1972)

画像愛と平和のメッセンジャーとしてのジョンとヨーコの神話は、もちろん本人たちが作り上げたものでもあるけれど、ファンやジャーナリストたちが作り上げたものでもある。

これについては、みんな同罪だと思うけど、宗教についてのジョンとヨーコの表現は、すとんと腹に入るところがあった。

無神論にはいくつかの定義が存在する。

広義には、また歴史的には「一神教におけるような唯一絶対の造物主を認めない立場」を指すが、
狭義に「神もしくはその他の類似の名前の付いた、人間や自然を超えた存在すべてを認めない立場」を指して無神論と呼ぶ。

前者の定義に当てはめれば、仏教や儒教は無神論的宗教であるが、後者の定義に当てはめれば有神論的宗教とみなされる。(wikipedia)

唯一絶対の存在が、ファシストやいんちき宗教の教祖であるなら、僕だって無神論者だし、人間は自然を超えられないし自然は人間の頭の中にも納まるので、人間と自然以外のものの存在を探すまでもなく、僕だって有神論者だ。

身近に仏教や神道、神様仏様、お地蔵さんや「いただきます」があった日本で生まれ育った多くの人と同じように、ヨーコ・オノと同じように、割りに気楽に、ちょっとした文学者気取りで、神を定義付けることができた。

寄せ書きに寄せ書く文句を考えたり、サイン帳が回ってきて何か気の利いた言葉を20秒くらいで考えて、後ろの席に回すようなもんだ。

そんな環境だったから、中学生のときに一生懸命聞き取りして訳した"God is a concept by which we measure our pain" は、主として、英語だったから、という理由で、すとんと腹に落ちた。

神とは俺たちの痛みを測るひとつの概念です。

高校生になってすぐに、小学校、中学校からの友達に薦められて読んだ村上春樹の『風の歌を聴け』の「文章を書くという作業は、とりもなおさず自分と自分をとり まく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく、ものさしだ」も、主として、16歳だったから、という理由で、すとんと腹に落ちた。

必要なものは感性ではなく、ものさしだ。

One Day (At A Time)/『Mind Games』(1973)

画像愛と平和のメッセンジャーとしてのジョンとヨーコの神話は、もちろん本人たちが作り上げたものでもあるけれど、ファンやジャーナリストたちが作り上げたものでもある。

これについては、みんな同罪だと思うけど、恋愛についてのジョンとヨーコの表現には、いささかセンスがなくて、辟易とするところもある。

『Walls And Bridges』に収録されたエルトン・ジョンとデュエットした、"Drive My Car"のフレーズも飛び出す"Suprise, Suprise(Sweet Bird Of Paradox)"はどう聴いても当時の恋人のメイ・パンに向けられたものだし、"#9 Dream"で"John, John"とつぶやくのもメイ・パンだ。

でも、死後に作られた"#9 Dream"のPVでは、ヨーコ・オノがつぶやいている。

閉塞感を感じていたヨーコが「あなたなら、ジョンをコントロールできる」と関係を持つことを薦めたのも、嫉妬からくる嘘だという説もある。

でも、はっきりしているのは、ジョンの死後に作られた恋愛をテーマにした「作品」は、「ジョンとヨーコの作品」ではないということだ。

リクエストは、

Beef Jerky/『Walls And Bridges』(1974)

僕は、歌のないこの曲も、大好きだ。

Common Stock(1991-1999)では、よく、Beef Jerky ~ Nobody Loves You (When You're Down and Out)と続けてかけてもらった。

「ポールの悪口を言っていいのは俺だけだ。他の奴が言うのは許さない」
(ジョン・レノン)

「芸術とはそもそも苦痛を表現するものだ。だから芸術家は普通の人がつらくて目を背ける真実に目を向け、自分の生き方として表現するんだ」
(ジョン・レノン)

Request to 『upset the apple-cart』(2072,2073,2074,2075,20761169,1170,1171,1172,1173)
Request to 『Common Stock』(2086,2087,2088,2089,20901183,1184,1185,1186,1187)

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この記事へのコメント

2013年12月02日 16:17
お返事が遅れてすいませーん(_^_)

ジョンの人柄ですかぁ~。

(´ε`;)ウーン…

私思うに。。。

世間一般にイメージしてるジョンとポールですが。。

ホントの性格は、
多くの人が思ってるのとは逆なんじゃないかと
私は思います。

ジョンはエキセントリックで前衛で。。
と、言われてますが
実はそれはポールの方で。。。

性格も温和なのはポール。。なんてイメージがありますが
実は。。ジョンの方がナイーブらしいです。

ジョンは天才で神のように崇められてますが
天然で結構普通の人だと思います。
小説家や作家のようなタイプの。。

ポールの方がある意味、常に革新する
前衛芸術家だと。。。

うまく説明できませんが。。。
すいません。(・・;)
2013年12月02日 23:06
>りんださん
ポールは本当に前衛的ですね。
ロックンロールしかできないと自嘲気味に語ることが多かったジョンもヨーコさんと会う二年位前からテープ操作で遊んだいたり、初めてのメロトロンを手に入れたりしていたそうです。
ビートルズの最大の神話は、あの二人が同じバンドにいたということかな?と思いますが、僕には、絶対にりんださんのように彼らを見れないことがあります。
それは、僕には、異性として彼らを見ることができず、同性としてしか見れないということです。
フレディはどうだったのかな?と想像しようとしましたが、うまくできませんでした(笑)
いつも、コメントありがとうございます。
すごい
2014年02月20日 12:21
この評論はすごい。
他のものの一緒に、ずっと聴き続けた方にしか書けない。
つまり、女には、無理。
悪いことでなくて、性差ってことだけど。
2014年02月20日 22:30
>すごいさん
性差について喋ることは、・・・と口をつぐみかけて、それを除くと、男も女も無口になってつまんないですね。
コメントありがとうございます。
ジョン・レノンって
2015年11月30日 23:16
少数派でも、アーティストでも、革命家でも、インチキでも馬鹿でも阿呆でも、性犯罪者でもファシストでもなんでもなくて、ただの普通の人だったんですね。
あなたと同じように。
2015年12月05日 11:32
>ジョン・レノンってさん
12月8日のロックバーで「ジョン・レノン」があります。
僕はあまり参加したことがないのですが、本当に音がよくて、音が大きくて、ビートルズ~ソロ~ジョン&ヨーコと聴けるっていうのはすごいことです。
金曜日は、カウンターの20代らしき男性二人連れ、若いカップルの間にすとんと座りました。
その程度には普通でありたいと思います。
コメントありがとうございます。

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