Year of the Cat/『Year Of The Cat』 (1976)

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さて、しばらくの間、というか明確に期限を区切って3月17日まで、プログレをリクエストしようと思うんだけど、はて、プログレって何だろう?と考えてみることにする。

それから、ちょっと、なんとなくこれまで書かなかった、読んでくれている人にとってはどうでもいい話も。

金曜日のロックバーはダブルつばなれで、いろんな時代の、いろんなジャンルのいい曲、かっこいい曲がたくさんかかった。

Stone RosesThe Rolling StonesThe BeatlesThe JamRage Against The MacineSlipknotThe WhoRCサクセションボ・ガンボスローザ・ルクセンブルグMGMTThe ClashBruce SpringsteenFall Out BoyTeenage FunclubDinosaur Jr.The Beach BoysMy Chemical RomanceSuperglass、The Vines、Wild Hearts、Millemiam、Matthew Sweet・・・・

土曜日は、父の移住の準備という実務的な用事を兼ねて、道がすいていれば東京から車で2時間ほど、地震の直後は24時間かけてもたどり着けなかった原子力発電所の町と、方角が同じでそこから足を伸ばせるもうひとつの原子力発電所の町に一人で車で行ってきた。

隣り合わせになったKさんが聞かせてくれたロックバーでのリクエストの話も、原子力発電所の町の話もしたいのだけど、どちらも、いまリクエストしているプログレと少し合わないような感じがするのでまたの機会に、ということにして、もうしばらく25年前の話を続けることにする。

ひな祭りのころの大学入学試験と3月の中旬か下旬の合格発表の間は特にやることがなかった。
大学はひとつしか受けなかったので、入学試験に落ちたら行くところがない。
共通一次試験(今でいうセンター試験)の自己採点結果と二次試験(本試験)の感触は悪くはなかったけど、羽を伸ばしてという気分でもなかったし、浪人すると思って予備校を探すとか勉強を始めるとかいう気分でもなかった。
卒業式は出たと思うけど、いつだったか、二次試験(本試験)の前だったのか、二次試験(本試験)と合格発表の間だったのか、それも覚えていない。
国歌斉唱とか、仰げば尊しとか、校歌とか、そんな記憶もない。
そんなのやるような高校ではなかったけど、卒業式だから、あったのかもしれない。でも、覚えていない。

たぶん卒業式の前に配られた、卒業アルバムや、卒業文集を眺めたり、読んだり、街や、港やを一人でぶらぶらしていたんだと思う。

朝礼の話も短かった中学校の校長先生がいつも言っていたけど、ぴんとこなかった「命を大切に」という言葉の意味を考えたり、高校のときに読んだ本や新聞や教科書や問題集に載っていた有名な科学者や哲学者の言葉を反芻したりしていた。

卒業アルバムには、学年の集合写真が載っていた。
この集合写真は、僕は参加していないんだけどメンバーが45人、同級生の1割以上が参加している、mixiの同級生のコミュニティのトップ写真になっている。
集合写真を撮るので、着用は義務ではなかった学生服と制服を着てくるように、ということだったけど、Iさんだけは、私服だった。別にかっこつけていたわけではなくて、ださいジャンパー姿だったので、学生服を持っていなかったのかもしれない。

それから、クラスに何人かづついたアルバム製作委員がかなり手間隙をかけて作ってくれたクラスのページがあった。
そういえば、やたらと写真撮っていたな、と思い出したものや、いつ撮ったんだろうっていう感じのものや、体育祭文化祭や、修学旅行や集合写真や、友達同士やカップルや、授業中の風景やクラブ活動の様子の写真がたくさんあった。
友達がいなかったり、友達の数が少なかったり、クラブ活動をしていなかったり、授業に来なかった生徒も、全員同じくらいの枚数の写真があって、よく、そういうときのクラスの写真であるような、枠に囲まれて顔写真だけという集合写真は一枚もなかった。

体育祭のときにたくさん写真撮ってくれたけど、__さんと二人の写真も撮ってたやろ?あれ、どうした?とアルバム委員に聞いたら、__さんが欲しがったからあげた、と言ったので、顔が赤くなった。

*********

2012年3月11日の新聞に、2011年3月11日の「最後の声」の話が載っていた。

9歳の最後の声と、
74歳の最後の声。

「怖い、たすけて」という携帯メールと、
「バンザイ!バンザイ!」という叫び。

今も我が子と一緒に行ったレンタルビデオ店やスーパーの前を通ると、激しい頭痛や吐き気に襲われるのだという母親は、その日、長男の謝恩会に出ていて自宅に駆けつけられなかった。発信時間は15:22、受信できたのは20:00を過ぎていたという。
次男が祖母の携帯電話を使って送ったメール。
最後のメッセージになった「怖い、たすけて」には、「おびえた顔の絵文字」が付いていたという。
9歳の最後の声。

ダウン症で全盲の重度障害を負った長女と次女を、両親が車に押し込むともう、すぐ後ろに津波が迫っていたのだという。
「おらはいいから、後ろ向かねえで早く車走らせろ!がんばって生きろ!」
声に押されて急発進した後ろから74歳の母の叫び声が聞こえたという。
家族の脱出を喜ぶかのような、「バンザイ!バンザイ!」。
74歳の最後の声。

(2012年3月11日:日経新聞記事より記事の一部分を勝手に編集したものです。)

**********

リクエストは、アル・スチュワートの"Year Of The Cat"/『Year Of The Cat』(1976) -Al Stewertです。

ポジティブなパンクが一番好きだという隣り合わせになったKさんが、マスターが安く譲ってくれた1999年の『in reverce』を見て、「この曲しか知らないんですけど」とリクエストしてくれたマシュー・スウィート:Matthew Sweetの"Girlfriend"(僕もこの曲しか知りませんでした)からの連想もあって、リクエストしたけど、金曜日のロックバーではかからなかった曲。

プログレとはいえないかもしれないけど、ジャケットはヒプノシスだし、鍵盤楽器や弦楽器がたくさん使われているし、歌に入るまでの前奏は長いし、まあ、プレグレってことで。

upset the apple-cartへのリクエスト(599)
コモン・ストックへのリクエスト(613)
手前勝手なブログ内リンクです:Song Of Wind/『Caravanserai』(1972)
 :What's Going on/『What's Going on』(1971)
 :Across The Universe/『Let It Be』(1970)

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この記事へのコメント

K・K
2012年03月12日 03:33
関西では津波がピンと来なくて、東京は追悼よりもでもや数字や安全やマスコミの在り方や政治や宗教の方に興味持つ人たちが。
命ということにあまり関心を持てないのかな?
2012年03月13日 23:49
>k・Kさん
これは、なかなか返信が難しいです。
中学生の時、校長先生が「命を大切に」と繰り返し言っていた時はピンときませんでした。自殺をするなと言っているのか、事故に気をつけろと言っているのか、暴力はいけないと言っているのか、本当によくわからなかったです。いまも分かっていないかもしれません。
コメントありがとうございます。
命を大切に
2012年12月10日 22:39
このページ、あなたが一番書きたかった高校卒業のころ。
アル・スチュワート。
わたしだけがわかる。
私だけのページにしておきたい。
2013年04月12日 22:46
>命を大切にさん
Common Stockってことで。
遅くなってすみません。
コメントありがとうございます。
このページが好き!
2014年06月24日 00:35
です。
2014年06月25日 21:56
>このページが好き!さん
そろそろ7月7日(実際の開催は7月4日)の7周年リクエストを出さないといけないんですが、Al Stwertも捨てがたいですね。
コメントありがとうございます。
オレンジ
2015年01月23日 11:08
アル・スチュワート、オレンジを引くなんて。。。
こんな時に不謹慎かもしれませんが、出来過ぎです!
2015年01月29日 20:54
>オレンジさん
正式には、"Once an Orange, Always an Orange"/『Orange』のようですが、中学生のときに聴いたFMラジオでは「オレンジ」と紹介されました。
邦題かな?
コメントありがとうございます。

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