All You Need Is Love/『Magical Mystery Tour』(1967)

画像さて、しばらくの間、というか明確に期限を区切って3月17日まで、プログレをリクエストしようと思うんだけど、はて、プログレって何だろう?と考えてみることにする。

それから、ちょっと、なんとなくこれまで書かなかった、読んでくれている人にとってはどうでもいい話も。

共通一次試験(今で言うセンター試験)が終わって、2次試験(本試験)までの40日あまりの間何をしていたのかというと、二次試験(本試験)の受験勉強をしていた。

国語(小説・随筆・評論とかの現代文とやっぱり小説・随筆・評論とかの古文。漢文もあったかな?)と、
数学(証明問題がほとんどで、代数・幾何と微分・積分)と、
英語(読解や和訳や英訳や文法)。
27年前の今頃。

3教科しかなくて、いくつかの問題を読んでいるうちに、それらはずいぶん似通っているような気がしてきた。
数学の問題も、国語の問題も、英語の問題も、プログレッシブ・ロックとカレー・ライスほどには違わない。
パンク・ロックヘヴィーメタルほどの違いだったから、3教科を朝、昼、夜と順番に、時には一日中、あるいは2日続けて、とやっていれば、ちょうど飽きもせず、退屈もせず、混乱もせず、目まぐるしくもなかった。

時々、気晴らしに、高校の通学かばんにラグビージャージや教科書と一緒に、ずっと入れっぱなしだった、ロック評論としては一番気に入っていた片岡義男さんの「ぼくはプレスリーが大好き」なんかも、読んだ。

こんなことが、英語かな?国語かな?数学かな?どれとも関係ないかな?という感じの文章で、書いてあった。

*****

ヒッピー・ムーヴメントのもっとも大切な部分は、個人的な体験の抽象化にあった。
風俗でも流行でもなく、LSDの幻想や恍惚でも、単なる自由な愛でもないのだ。

ヒッピーのグループは、たとえばサンフランシスコのハイト・アシュベリー地区やニューヨークのイースト・ヴィレジの最盛期でも、非常にあいまいな組織だった。
リーダーシップが明確ではないし、メンバーは常に変化していてそれぞれの役がはっきりせず、グループとして一貫することもなく、すぐに解体したりなくなったりした。

このことには、ヒッピーが主張した、彼らの信念があきらかに影響をあたえている。合言葉のひとつであったLOVEは、最大限の愛を持った人間こそもっとも美しい人間だ、という考え方から出てきたものなのだが、結局はフィーリングとジェスチャと性的な自由さにとどまり、それらをのりこえたアクションにはならなかった。

愛のフィーリングが身辺にみたされているだけで充分であると考えてしまい、愛に必要な責任遂行のための行動力のようなものは、Do your own thing のはきちがえによって、否定されていた。
責任、義務、期待等すべてからはなれきったところで各自が自分をフルに表現すれば理想の世界ができあがるという、一足とびの観念世界だけのためにしかLOVEは存在しなかった。

アメリカを全面的に否定していて、アメリカ政府とのかかわりあいなどまったく持とうとしなかったビートとおなじく不思議な非政府性あるいはアナーキズムに片方では支えられ、ヒッピー・ムーヴメントは、ほとんどなにもなしとげなかった。LSDを服用すると得られる幻覚の世界は、なにか重要なことを達成したような錯覚をヒッピーたちにあたえた。

この段階で、風俗あるいは現象としてとらえられたヒッピー・ムーヴメントは終わってしまった。
生きのこってまだヒッピーをやっている人間たちは、もともとかなりの重症のミスフィットであるうえに麻薬によってほとんどいつも錯乱状態にあるため、完全に自由な人間の末路の、ひとつの見本となっている。


(『ぼくはプレスリーが大好き』:片岡義男(昭和49年3月10日初版、昭和56年1月30日第七刷:角川文庫)

******

リクエストは、久しぶりに、ビートルズ

このまえ、ロックバーでリクエストしたら(「愛こそは全て」という邦題のこの曲をリクエストするのは足かけ20年で初めてだ)、曲の終わりのプログレッシブな混沌と秩序で色んな曲が重なっていくなかで、4小節前くらいで、もう、5、6人のお客さんの、し・らっじゅー・いぇー・いぇー・いぇー の合唱になった。

ぼくらの合唱が終わってから、ポールが歌い始めて、あれ?って感じになった。

変拍子、いろんな楽器、音色が出てくるってことで、プログレとしてリクエスト。
全然違うかな?
同じアルバムに入ってる別の曲の方がプログレっぽいかな?
まあ、サイケデリックは、プログレの源流の一つってことで。

違うといっても、国語と英語と数学の違いくらいのもんだろう。

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この記事へのコメント

捨てられたコミュニティ
2012年02月20日 12:34
mixiにいっぱい。
コミュニティの対象のためでなく、管理人は、管理人による、管理人のための コミュニティ。
管理人が飽きたら 、捨てられる。
捨てられた方はどう思うんだろ?せめて、別れの言葉か、弔いか、挨拶か、片付けか、掃除くらいは、するべきだ。
主張します!
デモやってもいい。
2012年02月22日 22:46
>捨てられたコミュニティさん
あなたはそれが想像できるか?という問いかけがジョン・レノンの「イマジン」なんだと思いますが、でも、恋は別っていうのもやっぱりジョン・レノンだと思います。ヌーピア宣言は一度やっただけでやめた。タイミンングが悪かった。それもジョン・レノンですね。
コメントありがとうございます。
高校生の頃
2016年07月27日 01:55
こういうの読んでらっしゃったんですね。
やっぱり、いつの時代でも、昔の人はすごいなあって思ってしまいます。
All You Need Is Loveって最近も流行ってるんですけど、でもこんな日記でこの曲リクエストする人絶対いませんよ。
ビートルズみたいです。
+++++++
愛のフィーリングが身辺にみたされているだけで充分であると考えてしまい、愛に必要な責任遂行のための行動力のようなものは、Do your own thing のはきちがえによって、否定されていた。
責任、義務、期待等すべてからはなれきったところで各自が自分をフルに表現すれば理想の世界ができあがるという、一足とびの観念世界だけのためにしかLOVEは存在しなかった。
アメリカを全面的に否定していて、アメリカ政府とのかかわりあいなどまったく持とうとしなかったビートとおなじく不思議な非政府性あるいはアナーキズムに片方では支えられ、ヒッピー・ムーヴメントは、ほとんどなにもなしとげなかった。LSDを服用すると得られる幻覚の世界は、なにか重要なことを達成したような錯覚をヒッピーたちにあたえた。
2016年07月30日 10:17
>高校生の頃さん
「ムーブメントの大切な部分は、個人的な体験の抽象化にあった」とかちょっと英語にしてみてなるほどと思ったりしました。
よくわかっていなかったと思うし、受験に役立ったというわけではないですが、幼少のころをアメリカで(ハワイですが)過ごしたという片岡義男さんの文章は英語みたいでした。

コメントありがとうございます。
ビートルズみたいだなんてありがとうございます。

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