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zoom RSS Ya Ya/John Lennon(1975)/Lee Dorsey(1961)

<<   作成日時 : 2017/06/13 06:00   >>

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画像いわゆる視聴率っていうのだと30%とかそんな感じだと思うけど、1978年、小学校6年生のクラスで調べたら、90%は超えていたんじゃないかな。冷蔵庫の電源が入っていた家庭の割合とか、表札がかかっていた家の割合とか、辞書を持っていた生徒の割合とか、山と谷に囲まれた新興住宅地だったから、そんなのと同じくらいの割合だったと思う。

新宿ロフトからの中継のサザンオールスターズ。新宿ロフトに行ったことのある生徒の割合は0%だったと思うけど。
NHK-FMのスタジオからの甲斐バンド。NHK-FMのスタジオに行ったことのある生徒の割合は0%だったと思うけど。
マイクの故障で歌が聴こえなかったゴダイゴ。They say it was in India♪と聞き取れた生徒の割合は、シングル盤を持ってて中学生の兄貴か姉ちゃんのいた6%くらいだったと思うけど。

”Ya Ya(あの時を忘れない)”がベスト・テンに入った1982年、高校一年生のクラスだと、いわゆる視聴率っていうのだとやっぱり30%とかそんな感じだと思うけど、5%くらいかな?僕は見てない。
でも何かで聞いて、あ、ジョン・レノンだ、と思った。

画像


『カバーと元歌』、『The Soundtrack of American Graffiti』(1973)をA面1曲目から順番に、1985年頃発売になった日本盤なので、レコード店やレコード制作もやっている長門芳郎さんの解説、ちょっと蛇足の僕の注釈付き、は、最後に聴いたのが元歌で、結構ずっこけたな。

なんか、もっとかっこいい曲だと思い込んでた。
いや、かっこいいと言えばかっこいいんだけど、coolじゃないっていうか、cool=かっこいいっていう歳だったというか。

画像Sideー2
10.ヤー・ヤー・・・リー・ドーシー

ニューオーリンズ・サウンドの人気シンガー、リー・ドーシーが1961年に放ったデビュー・ヒット。
ポップ・チャートで7位、R&Bチャートでは1位になった。
名プロデューサー、アラン・トゥーサンと組んで、「ヤー・ヤー」以下、「ド・レ・ミ」、「ライド・ユア・ボニー」、「ワーキング・イン・ア・コール・マイン」、「ホリー・カウ」など、主にノベルティ・タイプのR&Bナンバーをヒットさせ、人気を集めた。
(長門 芳郎)

(注1)「ワーキング・イン・ア・コール・マイン」は”Working In The Coal Mine”(1966)で、ドラムスが炭鉱夫のつるはしの音を模していて、ちょっとビートルズ風(に僕は聴こえる)。

(注2)萩原健太さんがアマチュア時代のサザンオールスターズのメンバーだと知ったのは、ネットの情報が増えてからだけど、「温泉あんまももひきバンド」、「ピストン桑田とシリンダーズ」、「青学ドミノス」、「脳卒中」、「桑田佳祐とヒッチコック劇場」、「桑田佳祐&サザンオールスターズ」って頃には、リー・ドーシーの曲なんかもやってそうだ。そんなバンド名。

画像(注3)それで、「AFT」(青山フォークサークルたびだち)から新たなロック・サークル「Better Days」を立ち上げた頃のことを歌った”YaYa”っていうのは、ちょっと納得感があるような気もする。
やっぱり、ジョン・レノンかな?

(注4)勝手な想像なんだけど、「ピストン桑田とシリンダーズ」の”Working In The Coal Mine”って、ちょっといいな。

(注5)いや、やっぱり、やってないな。DEVOが先にやったから。

20170707 Friday =10th Anniversary
Songs From And To Upset The Apple-Cart

では、リクエストしようもないけど。

画像


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