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zoom RSS Almost Grown(1959)/The Lovin' Spoonful (1967)

<<   作成日時 : 2017/06/03 12:06   >>

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画像購読している新聞の1週間のネット閲覧記事では、日本語だと獣医学部新設を巡る政治スキャンダルが上位だけど、英文では、Angela Merkel, Donald Trump の二人の名前がよく出てきた。

土曜日の第一面は、「米、パリ協定離脱表明」 「孤立の代償 米自身に「温暖化対策 潮流変わらず」「米国勢、技術で遅れも」。
シリアとニカラグア除く200近い国の参加をまとめたオバマ前大統領の「現政権は未来を拒絶する少数の国に加わった」というコメントも。
アップルやグーグルなど25社は、米主要紙へ「クリーンエネルギーへの投資は雇用と経済成長をもたらす」との連名の意見広告を出した。

それから、「日経平均2万円回復」「業績期待問われる持続力」、「出生率 初の100万人割れ」「出生率低下1.44 昨年、少子化に拍車」。

僕は日記で、『カバーと元歌』、『The Soundtrack of American Graffiti』(1973)をA面1曲目から順番に、1985年頃発売になった日本盤なので、レコード店やレコード制作もやっている長門芳郎さんの解説、ちょっと蛇足の僕の注釈付きでリクエストしている最中なので、ふと読んだ2年くらい前マドンナの「レイプされたの。ニューヨークに引っ越してきてからの1年間はめちゃくちゃだったわ」というテレビ番組でのインタビュー記事が気になった。

関連記事として載っていた2014年4月に書かれた娘から母への手紙を。
ペルシア語は読めないので、英語になったものを日本語訳になったものも参考に、日本語で。
26歳の異性の、言葉も文化もまるで違う手紙の意が汲めるかというと無理だけど、かなり意訳で。

画像ショレー様、今日、私は、自分自身が「目には目を」の掟に従って刑罰を受けることを知りました。
私が人生の最期のページにたどり着いてしまったことを、どうしてあなたから教えて貰えなかったんだろうと考えて、傷ついています。
知るべきではないと思ったのですか?
お母さんが悲しんでいることが、私にとってどんなに辛いことかわかりますか?
お母さんとお父さんの手にキスをするチャンスをどうしてくれなかったのでしょう?

世界は、私を19年間生かしてくれました。
あのぞっとするような恐ろしい夜に、私は殺されたらよかったんです。
私の体は、街の隅に投げ捨てられていたことでしょう。
数日後に、警察がお母さんを死体安置所まで連れて行って私の身元確認を行い、そこで私がレイプされたという事実も知ることになるのです。
容疑者が捕まることはなかったでしょう。
私たちには、彼らのような財産も力もありませんから。
その後、お母さんは苦しみと恥辱と共に生き、数年後、苦しみに耐えられず死んでしまうのです。
それでおしまいです。

しかし、呪われた一文によって、筋書きは変わってしまいました。
私の体は打ち捨てられることなく、 エヴィーン刑務所という寂しげな墓地に放り込まれるでしょう。
今はシャル・エライ刑務所に収監されています。
しかし、私は、運命を受け入れ、異議申し立てはしません。
お母さんなら、死が人生の終わりではないと分かってくれますよね。

お母さんは、人は皆、この世界に経験を積むために、また物事を学ぶために生まれてくるのだと教えてくれました。
誕生後すぐに、責任は自分自身の肩で背負わなければならないって。
そして、時には戦わなければならないこともあると私は知りました。
馬車に乗っていた男性が、私をむち打っていた男に抗議してくれたのに、その男はむちで馬車の男性の頭や顔を滅多打ちにして、そのまま死に至らしめてしまったという話をお母さんがしてくれたことを、私はよく覚えています。
死んでも守り通さなければならない誇りが、この世界にはあることを私に教えてくれたんですよね。

それに、お母さんは、私たちが学校へ行ったら、いじめや陰口にあっても、女性は女性らしく振る舞わなければならないと教えてくれました。
どれだけ厳しくしつけてくれたか覚えていますか?
でもお母さんの考えは間違いでした。

画像この事件が起こったとき、教わったことは役に立ちませんでした。
裁判に出席する私は、まるで冷血な殺人犯のようであり、残酷な犯罪者でしかなかったのです。
涙は流しませんでした。
許しを乞おうとも思いませんでした。
泣き喚いたりすることもありませんでした。
なぜなら、私はを信じていたのです。

しかし、私は、事件に関わっているのに、意思を示さない、と訴えられました。
知っていますよね、私は蚊一匹殺したこともなければ、ゴキブリだって触覚をつかんで向こうへ放り投げるだけです。
それがどうです、今の私は計画殺人犯です。
私が動物の世話するのは、男の子になりたがっている証拠だと解釈されました。
判事は、事件が起きた時、私の爪は長く伸びていてよく磨かれていたという事実には見向きもしません。
判事から正義を期待する人がいるとしたら、その人はどんなに楽観的な人間なのでしょうか! 

判事はまた、私の手が、スポーツをする女性、特にボクサーのようにごつごつした手ではないという事実を問題にもしませんでした。
お母さんが私にその愛を注ぎ込んでくれたイランという国は、私を必要とはしませんでした。
取調官から激しい尋問を受けて泣いているときも、酷い言葉を浴びせられているときも、誰も助けてくれないのです。
美しさの最後のしるしである髪の毛を剃ったとき、私は報いを受けました。
11日間の独房入りです。

お母さん、何を聞いても泣かないでください。
警察署で取り調べを受けた初日、未婚の年配職員が爪のことで私を非難しました。
このとき、私は、今の時代に美しさなど求められていないのだと理解しました。
見た目の美しさ、整然とした思考や美しい願い、美しい手書きの文字、きれいな目の色や、聡明さ、それから美しい声でさえも必要とされていないのです。

お母さん、私の信念は変わってしまいましたが、それはあなたのせいではありません。
私の言葉は永遠に消えることはないのです。
私はその言葉を全てある人に託しました。
私が処刑されるとき、お母さんがそばにいなくても、またその存在を知らなくても、それはあなたのもとに届くでしょう。
私が生きた証として、あなたのためにたくさんの手書きの言葉を残しました。

死ぬ前にお願いしたいことがあります。
どんな方法でも構いません、お母さんの力を私に与えてください。
私が、この世界から、この国から、そしてお母さんから求めているものはたったこれだけです。
このために時間が必要なことはわかっています。

この後すぐに、私の意志の一部を伝えようと思います。
どうか泣いたりしないで聞いて下さい。
裁判所に行って、私の願いを伝えてほしいのです。
刑務所の中からこのことを記した手紙を書くことはできません。
看守長の許可を得ることはできないでしょうし、そんなことをしたら、またしてもお母さんが私のために苦しむことになってしまいます。
これは、お母さんが私に同じことを頼んだとしても、私は少しも困らないと言える唯一のお願いなのです。
私を処刑から救ってほしいとお願いしないようにとは何度も言いましたが。

画像私の優しいお母さん、ショレー様、あなたは私の人生以上に私にとって大切な人です。
私は土に埋まって朽ち果てるのは嫌です。
私の目や私のまだ若い心臓が土に還ってしまうのは嫌なのです。
私が絞首刑にされた後すぐに、私の心臓や腎臓、目、骨、それから移植可能なあらゆるものについて、それを私の体から取り出して、必要としている人にプレゼントとして提供する手筈を整えておいて下さい。
臓器提供を受けた人には私の名前を知らせないで下さい。
ブーケのお供えも、私のための祈りも必要ありません。

またこれは、心の底からお願いしたいことです。
私のためにお墓は作らないで下さい。
お母さんが泣いたり苦しんだりしてしまうから。喪服も着ないで下さいね。私が苦しんだ日々についてはどうか頑張って忘れて下さい。あとは風が連れ去るのにまかせて。

世界は私たちを愛してはくれませんでした。
私の運命を受けとめてはくれなかったのです。
私は世界に屈し、死を受け入れようと思います。
神の裁判では、私は取調官たちを訴え、シャムロウ取調官を訴え、判事を訴え、それから私が目を覚ましているときは私を叩き、いつまでも辱めることをやめなかった最高裁の判事たちを訴えます。
創造主の裁判では、無知や虚言によって私を不当に扱い、私の権利を踏みにじり、現実に見えることが真実ではないことも時としてあるという事実を無視したファルバンディ医師、カシーム・シャバーニをはじめとする全ての人間を訴えます。

優しい心を持ったお母さん、私が行くもう一つの世界では、私とお母さんこそが原告であり、他の者たちは被告です。
神が何をお望みになるか見たいと思います。
死ぬまでずっとお母さんを抱きしめていたかった。
あなたを愛しています。

<HuffPost(UK)、ハフィントンポスト日本版より>

画像リクエストは、ラヴィン・スプーンフルのメジャー・デビュー前のEP盤から。

Almost Grown(1965)/The Lovin' Spoonful

元歌は、

Side−2
3.オールモスト・グロウン・・・チャック・ベリー

1959年にチャック・ベリーが放ったヒット曲で、最高32位にランクされた。
B面「リトル・クイーニー」もヒットし、両面ヒットとなった。
ラヴィン・スプーンフルがカマストラからデビュー以前にレコーディングしている。
(長門 芳郎)

(注1)バックコーラスはエタ・ジェイムズ:Etta Jamesと、若いマーヴィン・ゲイを起用した Harvey & the New Moonglows:ムーングロウズだそうだ。

(注2)チャック・ベリーの中では好きな方の曲ではないけど、バックコーラスのメンバーを知って、好きになった。

(注3)ネットで見つけたデヴィッド・ボウイのカバーもよいと思う。

画像


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