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zoom RSS Johnny B Goode/Johnny Winter('71)/Chuck Berry('58)

<<   作成日時 : 2017/06/25 05:13   >>

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画像僕は、息を止めて自殺して死のうと思っているので、最後の言葉はないと思うけど、が明かした最後の言葉は、愛してるだったそうだ。

祖父は残り一月というあたりで家に戻っていたけど最後の三日ほどはずっと荒い息をする音を立てるだけ最後の言葉は聞いていない。
義父はママ(母親のことでなく妻のこと)と言ったそうで、義母はパパ(父親のことでなく夫のこと)と言ったそうだけど、僕は聞いていない。
母も倒れてから一度も意識が戻らなかったので知らない。

生まれる20年以上前のことだからもちろん聞いていないけど、数多くの人たちの最後の言葉が天皇陛下万歳だったというのは本当のことだと思うし、ジョン・レノンは食べていくかと訊く妻に言った「真っ直ぐ帰ろう。ショーンが寝る前に会いたいからね」だそうだ。

画像『カバーと元歌』、1985年頃発売になった日本盤の『The Soundtrack of American Graffiti』(1973)を、レコード店やレコード制作もやっている長門芳郎さんの解説、ちょっと蛇足の僕の注釈付きは、コンサートの最後に演奏されることも多いんだけど、2枚組の2枚目、C面の2曲目。

Sideー3
2.ジョニー・ビー・グッド・・・チャック・ベリー

ロックンロールの神様チャック・ベリー7枚目のヒット・シングル。
1958年に全米8位を記録した。
メイベリーン」「スクール・デイ」、「スイート・リトル・シックスティーン」など数多いヒット曲の中でも特に人気が高いのがこの曲で、ディオンやジョニー・ウィンターがカバー・ヒットを出したのをはじめ、多くのロック・アーティストたちのステージ、レコーディング・レパートリーになっている。
(長門 芳郎)

(注1)日本人の初期のカバーとしては’66年6月に発売された、スパイダースによる洋楽のカバー・アルバム『アルバム NO.2』に収録されている。
(Wikipedia)

画像(注2)日本でこの曲が知られるようになったのは、矢沢永吉らが在籍したロックバンド・キャロルが、1973年3月25日に発売したファーストアルバム『ルイジアンナ』に本楽曲を収録して、キャロルがライブで盛んに演奏することで知名度を上げたもの。
この曲は当時日本ではまだ知られておらず、ライブでこの曲を演奏すると、キャロルのオリジナル曲と思った人が多かったという。
これはキャロルのファンの多くが当時のロックを聞いていないファン層であったことを示している。
(ジョニー大倉『キャロル 夜明け前』主婦と生活社、2003年:Wikipediaより)

リクエストは、エルトン・ジョンのでも、ジューダス・プリーストのでも、ピストルズのでも、AC/DCのでもいいし、メン・アット・ワークフーターズってのもありかなと思うけど、ジョニー・ウインターの。

LPよりもひと回り小さな、越谷政義さんの解説が入った、

Johnny B Goode/『Live Johnny Winter and』(1971)』

画像(略)
ジョニー・ウィンターの父親は、ミシシッピィ州レランドで農園(綿のプランテーション)を経営していた。
アメリカ南部の農園といえば、使用人の多くは黒人であったことはいうまでもないが、そういったデルタ地方でのジョニー・ウィンターの生活で、自然とブルーズに接することが出来た。
又、音楽的環境においても、父親がサックスとバンジョー、そして母親がピアノ、と大変恵まれた中で彼は育っていった。

11才で、本格的なブルーズのファンになったジョニー・ウィンターは、ギターを弾くこともこの頃から始めている。
そして、12才で、エレキ・ギターを始めて手にし、弟のエドガーとデュエットで歌ったりしていた。
その頃から、ジョニーウィンターは友人といえばほとんどが黒人で、白人などはめったに行かなかったブルーズ・バーに出入りしていて、白人の間で彼はつまはじきにされていたという。

画像(略)
「ブルーズは、ボクのもっとも好きな音楽のひとつだ。
そして、今までボクはブルーズをやって来た、そして今でもやっている。
しかし、ボクはブルーズをやっているうちに、いろいろなものを発見した。
『JOHNNY WINTER AND』では、新しいタイプのナンバーを書いた。
それはロックンロールといわれるタイプのナンバーかもしれない。
でも、何故皆は何事でもすぐに分離したがるのだろうか。
そもそもボクはカテゴリーなんていうことばは大嫌いだ。
ボクは、全てのことに関心があるさ、人間だもの・・・・。
ブルーズはボクの好きな音楽だけど、ずっとブルーズだけをやろうとは思っていない。
でも、ブルーズから離れていったわけではない。
ブルーズはいつもボクの身体の中にある。(略)」

(略)
3.ジョニー・ビー・グッド
そして、このアルバムの最後は、チャック・ベリーの1958年のビッグ・ヒット・ナンバー、ジョニー・ウィンターが”サア、ロックン・ロールだ!”と、叫んだかと思うと、チャック・ベリー・スタイルのギターがスタート、あっという間にロックン・ロールの醍醐味で観衆を包んでしまう。

<1971・3 越谷政義/Masayoshi Koshitani>

画像


ジョニー・ウィンターは、Common Stock(1991-1999)で時々かかって、僕がレコードを買ったのは2000年になってからだと思うから、高校生の時にこういうのを読んでいたのでちょっと幼稚な感じがした。

20170707 Friday =10th Anniversary
Songs From And To Upset The Apple-Cart

の候補じゃないんだけど、いつでもこれが最後のリクエストになってもいいって思ってるロックバーへのロックのリクエストではあるな。

Johnny B Goode/Johnny Winter(1971)/Chuck Berry(1958)

画像ニグロがなぜブルースをうたうのか、誰にもわからない。
ニグロに訊いてみても、はじまらない。
「自分が知っている唯一の音楽だから」とか、あるいは「これが自分の生き方だから」とか、こたえるだけだろう。

真実として、ブルースほど真実なものはない。
生きることのぜんたいの表現が、ブルースなのだから。
ブルースをうたうニグロにとって、自分のブルースの原動力は自分の心であり、自分の心以上に真実なものはない。
ブルースは、ニグロが集った教会や、ニグロが働いた綿花畑からうまれた、といわれている。
まちがいではない。
しかし、教会や綿花畑だけでは、ブルースのほんとうの説明はできないのだ。
ブルースは、奴隷のつらい生活、という単一な状況から出てきた音楽ではなく、アメリカでのニグロの変化にあわせてできた、ニグロの心、思想、と呼んでもよい、歌なのだ。

画像奴隷ニグロたちは、アフリカからもってきた神々までが、白人によって禁じられた。
しかたなく、ニグロは、白人たちのキリスト教を、とり入れた。
キリスト教徒になることは、また、白人にすこしは近づくことでもあった。
つらいのは奴隷としての生活ではなく、来たくもないアメリカ新大陸に無理やりにつれてこられてしかも人間として認めてもらえないことだった。

奴隷ニグロが教会でうたったスピリチュアルな歌は、このつらさの歌であり、世代がすすむにつれて、いつかは死によってこの求めざる土地から解放されて天国にいけるのだという、宗教上の希望によって支えられたペシミスティックな肯定の歌にかわった。

綿花畑で仕事をしながら叫ぶようにうたわれたフィールド・ホラーは、これは単純に実用音楽だった。仕事の伴奏として、自分たちのそのときの生活がそのままうたわれた。

ブルースがもしスピリチュアルやフィールド・ホラーといまでもつながっているとするならば、そのつながりは精神的なものではなく、むしろ、スピリチュアルもフィールド・ホラーももブルースも、いずれもアフリカからもってきた音楽としての、純粋に音楽上の同一性だけだろう。
(略)

画像ブルースは、アメリカの土地や自然をうたっていない。
生活そのままをうたうなら、自然をテーマにしたブルースがあってもよさそうだが、ひとつもない。
好きで来たのではなく、労働力として無理やりにつれてこられた土地のうつくしさは、うたえというほうが無理だが、それ以上に重要なのは、土地に密着した奴隷でありながら、ニグロは土地に支配されることのない、土地からはいつもはなれた、観念の人だったということだ。
これは、あとになってニグロのために非常に有利に作用する。

ブルースは、家庭生活の楽しさも、うたっていない。
ニグロたちは、白人によって故意にバラバラにひきはなされたので、楽しい家庭は持てなかった。
(略)

自分ひとりで、自分のために自分の心だけをうたうブルースは、だから、個人的な内向する歌なのだ。
ブルースに、外交する力が大きく加わったのは、ブルースをうたうことがカネのとれる芸になったときだ。
(略)

ブルースは天国をあきらめ、感傷を致命的に欠いてすさまじく正直でリアルな、この世の音楽となった。
天国のかわりに、死があらわれた。死は、最も現世的なものの極点だった。

(『ぼくはプレスリーが大好き』:昭和四九年。角川文庫/片岡義男)
画像


(注3)スピリチュアル: 霊歌(れいか)、スピリチュアル(英: spiritual)は、アメリカの黒人奴隷にキリスト教が広まり、白人の宗教歌とアフリカ独特の音楽的感性が融合して生まれた歌謡・黒人霊歌を指す場合が多い。
(Wikipedia)

(注4)フィールド・ホラーというのは、Field-Holler。19世紀の黒人労働者の労働歌。作業をしながら歌う歌。

upset the apple-cart(2007- )へのリクエスト(2550,2551)
コモン・ストック(1991-1999)へのリクエスト(2564,2565)

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